「まったく……どうしてこうなるんだ?」
 剣を支えに立ち上がる。
雪が降り積もった森の中。この先に名所があると聞いて雪景色も重なれば見応えあると聞き向かったのが運の尽きだったか。
「さ、さぁ、私に言われても。」
 後で座り込んでいるキカが答える。
 俺達の目の前にはバカでか赤黒く不気味に輝く剣を携えた男がこっちを睨む様に立っている。
その大剣の一振りで俺は飛ばされ、キカは結果的に俺を庇う様に巻き込まれた。
「で、俺達に何の用だ?」
 この男の剣を受けた衝撃はまだ残っている。
腕を上げるのは無理そうだ。握っているだけで精一杯だ。
男は答えず剣を構える。男から白い息が吐き出され、消えた瞬間。
ヤバイと感じさせる風が巻き起こり、大きく飛び退いて体勢を整える。
男は俺を追い駆け剣を振りかぶり俺の頭上に振り下ろされた。
 無事に避けられ肩で息をする。俺の立っていた場所に大剣が突き刺さる。
「もう一回聞くぞ、何の用だ?」
 答えない。剣を再び構える。
「しょうがないな。」
 剣を地面に突き刺し腕を動かす。痺れはマシになっている。
剣を握り構える。男の冷静な目と睨み合うと息苦しくなるほどの殺気。
大剣の一撃を避けられれば一気に間合いを詰められる。だが、避けられるか?
 あの大剣の振りは大きいから避けられる。
それは絶対か? 一瞬でも速かったら遅かったら……あの大剣の餌食になるのは間違いない。
大丈夫。俺なら避けられる。
しかし、今は足元の雪が気になる。万一踏ん張れなかったら……。
えええい! 何を迷う!
 頭を振り、迷いを追い出す。
男は俺の逡巡を見透かしているかのように待っている。
挑発だ。乗るな。
ざわつく心を抑える様に大きく息を吐いて首を左右に動かす。
 よし、覚悟を決めた。
切っ先を相手に向けて構え直し、一気に駆ける!
男は大剣を横に構え距離を測って薙ぎ払う。
俺は大剣の軌道に意識を集中する。大剣が俺に向かってくる。
足を止めるが、雪に足を取られる。
この程度は予測内だ。
それを剣を盾に体全体の力で受け止める。が、勢いは止まらない。
前に向かう力が一方的に横に変えられた。
 止まった時には俺の足元は雪と泥で汚れていたが、問題ない予測内だ。
剣は止めた。後は、
「こっちにも居る事を忘れてませんかっ!」
 キカの渾身の一撃が男の右腕を撃つ。
軋む音がこっちまで聞こえてきそうな一撃。
剣から腕が離れ表情が無かった顔に苦痛が浮かぶ。
腕から脇腹、鈍い音が響く。普通ならこの一撃で倒れているだろうが男は倒れない。
更にキカの右足が男の顔を狙う。振り抜かれた右足は男を飛ばす。
飛ばされたがすぐに体勢を立て直し、大剣を振りかぶる。
構えたままのキカに大剣が振り下ろされる。
キカは大剣を気にせず前に進む。キカと男の間に俺が割って入り大剣を受け止める。
ずしん、と衝撃が腕を伝い体に響く。足は地面に埋まる程の重さ。耐え切れずに重心をずらし横に倒れこむ。
再び無防備なった男にキカの拳が叩き込まれる。
「なんだったんだ?」
 キカの攻撃で打ちのめしたが、まだ起き上がってくるので急いで荷物を拾い逃げてきた。
「大丈夫か?」
「これくらい大丈夫ですよ。」
 キカは笑うがその手は赤く腫れている。
見るからに骨は折れて無さそうだが大丈夫じゃ無さそうだ。
「手甲とかつけた方が良いんじゃないか? それくらいの金はあるぞ。」
「でも、旅費を使う訳には……。」
「気にするな。いざとなったら<ラトーラ>姉さんがいる。」
 苦笑しながら俯くキカ。
「まぁ、旅費が寂しいからと言って泣きついたら説教されるが出してくれるさ。」
「ですね。ラトーラ様を困らせない為にも旅費は大切にしないと。」
 ……言い負かされた気分だぜ。
「つーか、どっちみち武具屋には行くんだから一緒だと思うぞ。」
「というと?」
「見てみろ。」
 腰にある剣を見せる。安全カバーは砕け刀身に見事な亀裂が入っている。
「あの剣を受け止めた時に入ったんだ。直せないことは無いと思うが直った所で……な。」
「買い換えた方が良いかもしれませんね。」
「それなら手甲もついでだろ? 交渉次第ではまけさせられるかもしれんし。」
「うーん。」
 考え込むキカ。
「考えるな。俺の護衛もお前の役割だろ? それなりに装備しておいてくれないとさっきみたいなのが来た時にお前が怪我してたら面倒だ。」
「ですねぇ。」
「はい決定。ほら行くぞ。」
 剣を腰に戻し、キカの前を歩く。
「待って下さいよ、ちょ、足も痛むんですよ!」
 足を緩め、キカを待つ。
「よこせ、半分持つから。」
「いえ、ユイン様に持たせる訳には……。」
 持つ持たないのは無しをしながら歩いていく。

 ゼルドウェイクから鉄道で三日。更に歩いて到着したのは<ホセナーツ>
森に囲まれたこの街も季節によって様々な変化を見せる。
ハルは花が咲き、夏は木々が緑に染まり、秋は赤く旅人を出迎える。
しかし今は空気は冷たく今は真っ白に化粧をしている。大きな街ではないが観光客もかなり来ていそうだった。
街の中心には<ホセナーツ寺>がある。
寺院の規模は大きくは無いが、歴史ある景観と風情を楽しめる。
 まずは宿の確保とばかりに最初に目に付いた宿に入り部屋を取る。
用意するまで待って欲しいと言われ、武器を見に行きたかったが疲れた体を休めたかった。
 頭に浮かぶはさっきの戦闘。
森に囲まれた静かな街と聞いていたが、さっきの様なヤツがうろついていたとはな。
盗賊の類には見えなかったが……後で聞いてみるか。
「ユイン様、部屋の用意が出来たそうですよ。」
「ああ。」
 立ち上がり部屋へと向かう。
 日も暮れて食事も終えて、
「じゃ、行こうか。」
「何処へですか?」
「おい、武器を見に行くと言っただろう。」
「あ〜。」
 のん気に煎餅をかじっているキカの頭を叩いて外に出る。
「ま、待ってくださいよ。」
 宿の外で待っているとキカが慌てて出てきた。
「ほら、行くぞ。」

「あんまり勝手な事すると上に睨まれますよ<巨猪>さん。」
 窓の外から賑やかな声が聞こえてくる。時間は宵を過ぎた頃。
ここはホセナーツにある我等がアジトの一室。窓辺に立てば行きかう人達が入り混じっている様が見下ろせる。
 彼、巨猪さんはちらっとこっちを見たがすぐに視線は手元の剣に戻る。
上の事なんかよりその大きな剣の手入れの方が大事なんだろう。その方がこの人らしい。
「で、任務の方はどうなんですか?」
 返事は無い。入念に剣の手入れをしてる様子だと、
「決行は今夜ですが準備は大丈夫ですか?」
「問題ない、エサも見つけた。」
 返事は無いと思ったが、思わず返ってきた返事に少し驚いた。
「体も慣らした。問題は無い。」
「へぇ、その為の昼の戦闘だったと。」
 昼の戦闘はボクも見ていた。巨猪さんを見つけたらあの二人組み相手に戦闘を始めていた。
この人の戦闘に割って入るのは危険だ、加わろうものなら構わずに攻撃してくる。
一言で言えばこの人は、戦闘狂。頼れる一面もあるが扱いは慎重にしないとこっちに刃が向かってくる。
「じゃ、ボクはこれで。」
 やっぱり返事は無い。
ドアを閉じると深く息を吐く。ボクは緊張してたのかな……。

「さて行くか。」
 武器を新調したので気分がいい。なんだこのワクワク感は。
新しい剣は以前の剣よりちょっと長く切っ先まで伸びていて赤みを帯びた刀身で柄の所で幅広になっていて柄の握り心地も良い。強度もあるし軽い。流石は信用と実績の武具メーカー<ルブオラン>。
もちろんキカの手甲も購入。同じメーカーでキカの手甲は紫っぽい色をしている。
「これは家宝にします。」
 大事に包装されたまま抱えている。そしてこう言うのである。
「するなバカ。」
「しかし傷をつける訳にはいきません。」
「何の為の手甲だ。ソレは。」
 考え込むキカは真っ直ぐ歩いてく。
「おい、こっちだぞ<ホセナーツ寺院>は。」
 キカが立ち止まり小走りに向かってくる。

 ホセナーツ寺院。
寺院とは言っても今は寺院としてではなく観光地として有名だ。今は僧侶の代わりに管理人がいる。
昼は透き通る青空の下で歴史ある建物がその存在感を示し、夜は小高い所に建っている為上は星空、下はホセナーツの夜景を眺められる。
ホセナーツは小さな街だが寺院の神秘的な雰囲気を味あわせてくる夜景は必見、と聞いていたので来たのだが、
「結構人が多いですね。」
「ま、スポットだしな。」
 俺達と同じ目的の人々が思い思いに楽しんでいる。
「じゃ、俺は夜景でも見てくるよ。」
「分かりました。私はあっち行ってきます。」
 キカと別れた。流石にこの雰囲気で男と一緒と言うのは……。
 人気の無い所は静かで無心になれる。
手摺にもたれ掛り夜景をぼんやり眺める。色々な想いが頭に浮かび、消えていく。
「すいません、ちょっといいですか?」
 声に振り返ると、一人はおっさんが立っていた。
いかつい顔と体格で鎧を装備し腰には剣、左腕には盾という雰囲気はどこかの兵士って感じだ。
「先ほど武具店で聞いたのですが……、間違えたら失礼。ユインロット王子ですか?」
 ……言うなって言っておいたのに。後で文句を言いに行こうかと考えていたら、
「いや、私達もちょうど居合わせまして……失礼とは思ったのですが聞こえてしまったものでして。」
「ふぅん、で俺に何の用ですか?」
「申し送れました<ウェイス=キリング>。ここで会うのも縁かと思い声をかけさせていただいたのです。」
 手を出してくる。
「そんな大したモンじゃないと思うが。」
 ゴツイ手だ。握りつぶされるんじゃないかと心配するほどだ。
「いえ、お会いできて光栄です、それでは。」
 じゃあ、と立ち去るおっさんの後ろに大男が一人。
見覚えのあるその姿に俺は剣を抜いた。
相変わらずの大剣を真っ向から受け止める。俺達に気付いた周りが悲鳴を上げる。
それが引き金になり悲鳴と怒号が飛び交いパニックへと陥る。
周りの状況お構いなしの男。視線は俺から二人組みへと移った。
「知り合いか?」
「まさか。」
 ウェイスが盾を構える。
 男は俺に視線を定めたまま剣を振りかぶる。
わざわざこんな人気のある場所でなくてもいいだろう。
だが、来るものは仕方が無い。
「お前には負けんよ。」
 そして剣を振り下ろしてくる。それを後に避け着地した反動で前に跳ぶ。
幅広い大剣が剣を弾く。
「さ、早く行け。」
 振り返る事は出来ない。
「しかし。」
「いいから、コイツにはちょっとあってな。」
「お一人ではっ。」
「問題ない。ヨユーだ。」
 ひらひらと手を振って早く行くように促す。
「しかし。」
 まだ何か言おうとしているが、
「加勢はありがたいが、一人の方が闘いやすいんだ。」
 まだ何か言おうとしているが、攻撃を仕掛ようとしている俺に声を掛けず立ち去っていった。
「さて手加減はせんぞ。」
 
 相変わらず重い一撃。買ったばかりの剣の耐久が心配になるほどの衝撃。
折れたらどうしよう。さすがに、
「怒られるなっっと。」
 後ろに飛んで距離を取る。もう周りに人はいない。
「人が戻ってくる前に終わらせるぞ。」
 抑揚の無い声。
「同感だ。」
 そう答え剣を構える。
お互いに踏み込む。振り下ろされる大剣。
その一撃をギリギリで避け反転し遠心力を加えた一撃を男に叩き込む。
 手応えはある。しかし男は倒れる事も無く痛みを感じてる様子も無い。
「無理すんな、痛いだろ?」
 しかし男は剣を握り、向かってくる。
大剣の振りは鈍っている。痛みが集中を鈍らせているんだろう。
俺はしっかりを軌道を見極めて、その体に剣を打ち付けていく。
破れたコートの下から金属が見える。昼にキカにやられたのが悔しかったようだ。
 
 遠くから足音が聞こえる。それもかなりの数だ。
「向こうにもまわれ!」
 とか、
「武装部隊はこっちから向かってくれ!」
 などの声も聞こえる。
俺も逃げないとマズイな。色々と。
肩で息をしている男だが目は殺気立っているがもう体に勢いは無い。
 そう思って踏み込むが、その後からの一閃に弾かれる。
「撤収です。<巨猪>さん。目的は果たせました。」
間に割って入ってきたのは薙刀を持った巨猪と呼んだ男の肩くらいの背の男。
「<跳ね馬>か。邪魔するな。」
「ここは退きましょう。怪我を治してるんだから次の機会に備えるのが先決ですよ。」
「逃がすと思うか?」
 この男も一筋縄ではいきそうに無い雰囲気。だが、逃がす訳には行かない。
「この人の戦闘に割り込んだ勇気に免じて退いてください。」
 この人と言うのは大剣を持った男、巨猪と呼んだ男の事か。
「仕掛けてきたのはそっちだろっ!」
 突進する。薙刀使いは突き出してくるがそれを弾きさらに進むと、
「ちっ。」
 俺の避けた先には大剣が振り下ろされる。紙一重でそれを避けるが薙刀が追い討ちをかけてくるが距離を取れば向かっては来ない。
顔を上げれば……二人は居ない。
「何者だよ……あいつら。」
 
 すぐさま警官に取り囲まれ、ばちばちと写真を撮られ署に連行され事情聴取。
解放されるのは朝かと覚悟していたら予想は外れ、取り囲まれてから一時間後だった。
取調室から案内されたのは立派なソファがある署長室。
中には署長と見た事のある顔がいた。
「ユイン様っ!」
 駆け寄ってくるキカの勢いを活かして投げ飛ばし、
「眠いんだから来るな。」
「申し訳ありません。私が着いていればこんな事には。」
 立ち上がり服に付いた埃を払っている。
「ご無事で。」
 深々と頭を下げるウェイスに、
「あーいいって。アイツにはこっちも借りがあるしな。」
 その言葉に署長が喰いついた。なので昼にあった事を話す。
で、後は警察に任せ俺達は署を出た。
「これからお時間ありませんか?」
 ウェイスが言ってきた。特に断る理由も無いし、話が聞きたかったので俺達が宿泊している宿に向かった。
 キカが用意している。
「ありがとうございました。」
 俺はベッド。ウェイスはテーブルに落ち着く。
「いえいえ。ご無事で何よりですよ。」
「確か昼も襲われたとか。」
 キカが戻ってきたので、キカにバトンタッチ。俺はお茶を啜りながら聞いている。
「何者なんでしょうか?」
「さぁな〜、巨猪って呼ばれてたくらいしかわからん。後は常人離れした力か。」
「……巨猪。」
 なぜかウェイスが喰いついた。
「ああ。後から来た優男は跳ね馬って言ってた様な気がする。」
「三年前キスピスが襲われたのを知っていますか?」
「えーっと、ロキオンの支部長さんが……って事件ですか、それならなんとなく覚えてます。」
「私はその時の犯人を追っているんです。」
「へー犯人は結局分からずってなってましたけど?」
「情けないが……。」
 言葉が切れる。目を閉じ何かを決心する様に言葉を繋ぐ。
「あの時の犯人は女でした。」
 驚くキカ。
「まさか……。」
 冗談ですよね、と言うとしたのだろうがウェイスの顔は冗談を言ってる様ではない。
そして俺の心に一人の女が浮かぶ。俺の心にまっさきに浮かんだのはあの女。
「黒髪で白いコートを着て黒いブーツ……か?」
「知っておられるのですか!?」
 指で静かにと口に当てて促す。
今の時間は夜中。その大声は迷惑だ。
三年前からあの格好だったのか……。てことはアレがあの女の戦闘衣装って事か。
 ゼルドウェイクで遭った事を話す。
「そうでしたか。パッフェ卿やサンレイト支部長も。」
 ウェイスは目を閉じている。
それからしばらくは情報交換と他愛の話をして分かれた。

 翌日、と言っても朝に寝て起きたら夕方だっただけだ。
「うあ〜これは……。」
 キカが持って来た新聞には俺がデカデカと載っている。
≪奮闘! ユインロット王子≫
俺が警察に囲まれている写真が載っている。これはヤバイ。
記事の詳細は警察で話した事が書かれている。発表できる範囲で。
宿の主人とかがやってきてキカがその対応に追われている。
 一刻も早くここから離れたいと心が告げている。
窓の下は人が沢山。出るのは無理そうだ……。
「キカ。」
 買い物を頼んだ。テーブルゲームの類を……。
ほとぼりが冷めるまで腕前を磨くか……。

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